物語

色のない世界

誰の顔か分からないほど、真っ暗な洞窟の中でボクは生まれた。祝福する者はいない、たった1人の静かな誕生だった。

じっと横たわり、体を丸めて眼を閉じた・・・。ボーっとする頭の中で、出てくる『怖さ』と『期待』。何もしなかったボクに、『期待』などは来なかった。

弱る体と心は幻を作り、この世界で生き残ろうとした・・・ボクを呼ぶ声の先にあったのは、明るい出口。

そして、街が見える丘。

『好奇心』が、無垢なボクを街へと向かわせた。

ここには、『理想』がありふれていた。

楽しそうにしている人たちを見ると、たまらなく嬉しくなった。

『やぁ…。』と相手を見ずに声をかけた。

『やぁ。』と相手を見て、声をかけた。

『やぁ!』と手をあげ、相手を見て声をかけた。

それでも誰も振り向かなかった。

外にあるショーケースが、親切にも答えを教えてくれた・・・そう、ボクは誰からも見えない、声も届かない、透明なバケモノなんだと。

ただ、気づいて欲しかった。

街の壁に落書きをして、街の人を押して怪我をさせた。街の人たちと同じになりたくて服も盗んだ。存在を示すたびに、罪を重ねた。生きる意味を失い、この世界を否定した。

そんな時、初めて声をかけられた。その子たちは、落書きの絵が上手いと褒めてくれた。一緒に遊ぼうとも誘ってくれた・・・ボクが話せない事を不思議がっていたけど。

壁に落書きをするだけの日々。誰かと何かをするだけ。それだけで、ただ居心地が良かった。

ある日、落書きをしている所を街の人に見つかってしまった。誰がやったのかと問い詰められ・・・その子たちは、ボクに指をさした。

ボクは逃げた・・・怖くて、逃げた。着ていた服も脱ぎ捨て、透明なバケモノになった後も逃げ続けた。

逃げて、逃げて、逃げきって、丘の上から見た街は・・・とても滲んでいた。

あの日から、浮かんでくる映像がボクをいじめ続けた。この『苦しみ』から逃れる方法・・・ボクには落書きを消すぐらいしか思いつかなかった。

街へ行くと、落書きは消えかかっていた。

それは、ボクの存在をも消そうとした跡にも見えた。

帰り道、眼に映ったクリスマスツリーが、クリスマスの存在を知らせてくれた。

家の窓を覗くと、楽しそうにクリスマスツリーに飾り付けをする家族。サンタクロースに手紙を書き、枕の下に隠す子ども。特別な料理をテーブルに並べるお母さん。大きな声で、『プレゼントを買ってきた。』とお父さん。みんな笑顔だった。

ただ、うらやましかった・・・。

どれだけ時間が流れただろう。

この暗闇の中で、来る日も来る日も、ボクはずっと一人きりだった。

太陽が昇り、月が沈むたびに寂しさが溢れだし、体も心もどんどん真っ黒になっていった。そして、ボクは重ねた罪の結果を受け入れる事にした。

誰からも必要とされないバケモノ。

全てを終わらすために、再び街へと向かった。

落書きは・・・もう、なかった。

生きる意味も、なくなった。

『キミも・・・絵を見に来たの?』

首を横に振り歩こうとするボクに、少年は話し続けた。

『暗くて怖かったこの路地を、今ではみんな歩いている・・・。ここにあった絵は、それほど街の人たちを勇気つけていたんだ。』

少年が『誰か』、ボクにはすぐに分かった。

落書きが悪い事だと、ボクだけが思っていた。

あの時、差した指はボクの存在を認めてくれて・・・そして

『誰かの役に立っていたんだ。』と。

[第2話]