土曜の朝、リビングに向かうと
いつも新聞を読まない父が、
眼鏡を外して小さい文字を読んでいた。
『9時半からかぁ…。』
月1回、どこかの土曜日。
父が映画を見に行くのだ。
小学生のボクは、そっと父の背中に近づき…
『今日は何みるの?』
と、ある言葉を期待して話かけた。
『一緒にいくか。』
スマホなんかない時代。
たくさん親子で会話できていたと、
今さらながら思う。
父は観たくもないだろう、当時流行っていたアニメの映画に連れて行ってくれた。
映画館まで20分もかからない道。
まだ自転車もろくに乗れなかったボクに合わせて
歩いてくれた。
父の横顔を横目にワクワクしながら歩いた。
その時は何も思わなかったけど、生きている中でとても大切な時間だったんだって今更ながら思う。
2人並んで席につき、映画をみた。
終わった後、父が笑いながら感想を言った。
そんな事よりもその後のガチャガチャや映画の特典の中身がボクは気になっていた。
それから2人で、たくさん映画を観に行った。
でも、次第にボクは大きくなり…
父との映画よりも友達、そして彼女と行く方が楽しくなり、一緒には観に行かなくなった。
ボクは結婚し子どもができた。
子どもが元気に育つ一方、父は弱って行った。
『一緒にいくか…また映画。』
でも、その約束が叶う事はなかった。
父は映画を楽しみに眠るように逝った。
『19時半なら間に合うかぁ…。』
仕事終わり。
レイトショーを観る約束を子どもとする。
大人になったボクが眼鏡をかけると、
『お義父さんにそっくり。』と妻は笑う。
あの映画館は、今、マンションになっている。
父との思い出がつまった場所はもう存在しない。
だが、新たな思い出が積み重なり、薄れゆく記憶の中にでも、父はまだそこにいる。
車に乗り、近くの映画館まで向かう。
どんな話か楽しみだと言う子どもの横顔を横目に
自分もワクワクしている。
2人並んで席につき、映画をみた。
終わった後、子どもが笑いながら感想を言った。
『じぃじも一緒に見てくれたかな?』
あまりにも優しい言葉に涙が溢れそうになる。
父は映画を見たかったのではなく、
ただ、親子の時間に流れる幸せの映像を見たかったのだと気付いた。
自分よりも守りたい者がいるとわかった瞬間、いつの間にか自分も父親になり、父しか知らなかった同じ映像を観ている。
『あぁ…3人で映画が観れたね。』
そして、失ってから大切なモノに気づかされる自分がそこにいた。
[第11話]