誰かに『良い人生だった…?』と聞かれたら、私は…こう答える。
『後悔などない、人生だった。』と…。
フール町には、誰も寄りつかない墓場がある。
王都、ウクハナから離れたその場所に向かうのは、よほどのもの好きか、変わり者だけ。
大切な人を失う事からは逃げられない。この世界で生きるという事は、そういう事だから。
近くに行くと…また思い出す。だから、誰もその地へ向かおうとしないのである。
ただ、一つだけ。夜になると看板のランプが光る店があった。その名は「BAR、Monna Lisa(モナリザ)。」
進む先も見えない暗がりの中、「ここにおいで。」と語る怪しげな灯りに、今日もまた1人…迷い込んだ男がいた。
その男の名は、グレイス。
貴族の家庭に生まれた彼は、今まで何不自由なく過ごしてきた。大人になってからも王都の警備を務め、結婚を約束された婚約者もいた。
しかし、ここまで何事もなく過ごしてきたからこそ、不幸せな境遇の彼女に恋をした。彼女の名は、リザ。親に捨てられ、貧しい暮らしを約束されているにも関わらず、献身に生きる彼女がグレイスは愛おしかった。
グレイスの愛をまともに受けたリザは、初めて感じた人の温もりから抜け出せなかった。誰からも祝福されない逆境に燃え盛る愛。だからこそ、グレイスとリザは2人だけの安堵を手にしようと、この町から逃げだす事を決意した。
いつの時代も「愛」ほど人を狂わす怖いものはない。そう…少しの可能性だけが、奇跡を信じさせたのだった。
しかし、叶わないからこそ…「奇跡」なのだ。2人が逃げ出す当日、リザはグレイスのもとを訪れなかった。心配したグレイスがリザの家へ行くと、リザはベッドで1人…眠るように亡くなっていた。
リザをよく思わないグレイスの親が、暗殺を企てたのだ。
グレイスは途方に暮れた。「もし自分と会わなければ、リザは今もまだ生きていたのではないか…。」と、変える事が出来ない答えと、何も出来なかった自分を責め続けた。
リザに会いたい気持ちの一心で墓場へ向かったが、まだ現実を飲み込めないまま歩いていた。
そんな時にリザと似た名前の「BAR、Monna Lisa」の看板を目にした。
そして、導かれるようにグレイスは扉を開いたのであった。
店の中に入ったグレイスは、目を疑った。
「今まで、夜だったよな…。」と、自分に質問してしまうほど、白昼に似た太陽の様な照明。空を思わす薄水色の壁紙。テーブルなどはなく、たった2席の長いカウンター。その向こうには、観葉植物が不規則に並べられたキッチンと、リザと同じ…金色した美しい|長髪の女が、1人立っていた。
「BAR」と掲げていたため、薄暗く落ち着いた雰囲気を勝手に想像していたが、見事に裏切られた。
あまりに非現実な空間に、グレイスは興味を惹かれた。また、その女はグラスを大事に磨くバーテンダーでもなく、フードがついた白シルクのパジャマ姿で、鼻歌を奏でながら卵を焼いていた。
『あら?こんな所にきて。』と、驚いた表情をした後…『どうぞ、ここよ。』と、右手に持ったフライ返しでカウンター前へ座るよう指示し、グレイスは言われるがまま席についた。
グレイス:『あ…あの。』
リザが亡くなってから、泣く時以外に声など出していなかったグレイス。そのあまりに小さな声に女は安心させるような微笑みを返し、ホットミルクを差し出すとまた、調理を続けた。
リザから逃げるように…長い時間、歩いていた。今更ながら身体は冷えきっていたのだと、コップを包む両手から痛みを感じたのであった。
温かいミルクが喉を通る感覚。
ホッとひと息ついた瞬間、グレイスは眠りについた。
すると…扉がまた開いた。
『なんだ、その悪趣味な格好とこの部屋わ…ベル、照明を消してくれ。』
店の中に入ってきた男の名は、ベイル。
『あら、ベイルちゃん。ウイッグはいいわよ、こんな私でもすぐに女性になれるの。』
そして、金色した美しい長髪のウィッグを脱いだ彼女…いや彼が、今回の主人公、ヴェルガベッド・ベル。お気づきだろうが、女性を演じていたが、れっきとした男である。
ベル:『王から依頼を受けて探っていたけど、この人は何も知らないわ。』
全ての民衆は何も知らずに今も生きている。王都、ウクハナは記憶を司る神、エクリプスが築いた都市である。その配下である2人は、墓場に存在する…ある「秘密」を守っていた。
ベイル:『どうするんだ、この男。』
ベル:『このMonna Lisaに訪れるのは、よほどのもの好きか、変わり者だけ。そして、寂しさの呪縛から逃れられない人間よ。可哀想な人…。きっと愛する人と別れ、そして、生きる理由すら失ったのね…。私が引き続き、監視するわ。』
ベイル:『王にも言われてるだろう、深入りはするなよ。お前はすぐに感情に流される。』
ベルは、そっと…グレイスの肩に毛布をかけた。そして、口付けたコップ部分に唇をあて、残っていたミルクを飲み干した。
ベル:『悲しい味…。』
ベルにはエクリプスに付与された能力があった。愛おしく思う者の唾液を取り込む事で、記憶を同調する事ができた。それは、間接的でも有効。ただこれには欠点があり、女性にはこの能力は使えないのである。理由は明白…ベルは男だが、男性を好むホモセクシャルだったのだ。
ベル:『今ある全てを捨てて愛する人とこの町から出ようだなんて…なんて健気な人。』
ベイル:『そんな事を考えるからこそ、失う結果になるんだ。私利私欲は、この町では許されない…。俺は任務に戻る。』
ベイルは扉を開け、店を後にした。
ベル:『そんな事…ね。』
ベルは、グレイスの瞼の隙間から滴る涙を拭い、夜が明けるのを待つのであった。
グレイスが目を覚ますと、町の中心部にある噴水広場のベンチに横たわっていた。一夜をここで過ごしてきたのだろう…と思いつつ、「BAR」に立ち寄った記憶は確かにあった。しかし、その時に何があったのかは思い出せないのであった。
ただ、身に覚えのない手袋と毛布を見ると、誰かが自分を介抱してくれていたという事だけは分かった。
グレイスはベンチに座り直し、ボーっと…空を見上げた。そしてまた、すぐに目を閉じて考えるのであった。
『なぜ人は、1人で生きる事が出来ないのだろう…。』と。
どの物語においても、誰かの協力なしには目的を果たせない。人間に知恵を与えた神は、きっと私たちが、弱く脆い生き物だと教えたかったのだろう…。それに気づく事の出来ない傲慢な人間は、罰を受けるのだ。そう…私のように…。
リザを失ってから、眠る度に我儘な夢ばかりみてきた。リザと再会し歩く道、リザと過ごす優しい夜、リザと迎える何気ない朝。リザ、リザ、リザ、リザ…。そんな願望をみては、また現実に引き戻される。
『あぁ…このまま、起きなかったら…。』と、何度思ったことか。
子どもの時、願えばなんでも叶った。その代わり、両親の言う事は絶対だった。失敗せず、間違いのないように両親が導いてくれていた。厳しい言葉だったとしても、それが正しい事だと、私は疑わなかった。
私にとっての普通。そう…その普通に満足できず欲深い私は、それ以上を望んでしまった。誰も悪くない…。私が悪かったのだ。
「リザを殺したのは私だ…。私だ。」
頭の中で作り上げた闇にグレイスは取り込まれそうになっていた。「苦しむ彼を包む彼女。」という設定を想像しながら、気持ちを盛り上げるベルは木の陰から現れ、声をかけた。
ベル:『おはよう、今起きたの?』
グレイス:『あなたは、誰ですか?』
ベル:『あら、忘れちゃったの?落ち込むあなたを温めてあげた…その手袋と毛布の持ち主よ。』
ベルは、昨日の夜の事を話さなかった。グレイスには、関係のない事だったから。
グレイス:『ありがとうございます。これ、お返しします。』
ベル:『何があったかは知らないけれど、私でよければ聞くわ。』
金色した美しい女性ではなく、真っ黒な長髪の男のベルはグレイスを救いたかった。
声を聞かなければ女性と思う美しい顔立ち。だが、声ははっきり男性だとグレイスは思った。
グレイス:『あの、男性の方…ですよね?なぜ、そこまで私に優しくしてくれるのですか?』
ベルは考えた。そして、今更ながらお気に入りのウィッグを付け忘れていた事に気づくのであった。慌てている自分をグレイスに悟られないように深呼吸をし、落ち着いた口調でベルは話し始めた。
ベル:『理由なんてないわ。ただ…あなたみたいな人は、きっと命を粗末にする。だから、そばに居てあげたいって思っただけ。』
ベルは遠い所を見ながら、感傷に浸っている雰囲気を作った。だが内心…またベイルに怒られると思っていたが、この後がどういった展開になるのか興奮していた。
グレイス:『こんな僕でも…優しくして下さる人がいるんですね。』
「落ちた…。」とベルは感動した。
ベル:『いいのよ。さぁ、こんな所で話するのもあれだから、場所を変えて話しましょう。そうだ、あなたの家でゆっくり聞くなんてどうかしら?』
そしてベルはそっと…、手を差し出した。グレイスは、その手を握ろうとしなかったが、半ば強引にベンチから立たされたのであった。
男性と過ごせる時間はいつぶりかしらと、笑顔のベルに対して、グレイスは次第に周りの音が聞こえなくなった。
「なぜ立ち上がったのだ、私は。まるで、リザが私を苦しめているみたいじゃないか。」と、自問自答が始まった。
自ら立ち上がるのではなく、誰かに支えられ立ち上がった。人として違和感のない行動だとしても、グレイスはやはり自分が許せなかった。自分への弱さが差し伸べる手を離さず、自分だけがまだ救われようとしている…。あまりの咀嚼し嚥下できない状況に、やがて視界はかすみ、たまらず嘔吐した。
何も食べていなかった者の嘔吐物は、ほぼ胃酸。口腔内を不快にしたグレイスは、理解できない現状に混乱し、ベルを押し倒した。そして、小さく何度も『リザに会いたい…。』と嘆きながら、その場から立ち去るのであった。
倒されたベルはグレイスを追いかける事をやめた。今更ながら、大切なものを失った者に対して気軽に「生きろ。」と言う事が苦になっている…そう思った。
ベル:『ベイルちゃんの言う通り。私のお人好しで、彼を傷つけちゃった…。』
ベルは広場の水道で手と服を洗い、Monna Lisaへ帰るのであった。
途中、夕ご飯の買い物帰りなのか仲睦まじく歩く親子や夫婦をみて、グレイスが望んだ事はそんなにも許されなかった事だったのかと、ベルは疑問に思った。ただ、正直に生きたかっただけ…。その気持ちが招いた結果だったとしても、今も普通に生きている町の人たちも、きっと正直に生きたいと思っている。何が違うのかと考えながら、Monna Lisaのドアノブに手をかけ扉を開いた。
ベル:『ただいま…。って、誰もいないか。』
いつ帰っても1人。当たり前の静かなお店。そう、たぶんベルも普通の暮らしを過ごしたいと願っている。きっと、寂しさを埋めようとグレイスに興味を持ち、寄り添おうとした事は分かっていた。ただ、あの日のホットミルクの温かさが人肌のように忘れられなかった。
ベル:『はぁ。なんて、性格の悪い女。』
ベルには家族がいない。正確に言うと記憶が無いのである。目を覚ますと店のカウンターにうずくまりながら、座っていた。そして、少し視界が霞む中で両手と身体を確認し、自分が「大人」、そして「男」である事を理解した。
その後ゆっくりと立ち上がり、店のドアを開けた。外には人の姿はなく、出ていた看板を見て、ここがBARである事を知った。初めはお酒を飲み過ぎて、記憶が飛んだのだろうと思っていた。しかし、時間が過ぎても何かを思い出す事はなかった。不思議と誰もいない店が、ベルの孤独感を増幅させた。そんな時間の中で、初めて会った者がベルにとって頼りになるのは言うまでもなかった。その者こそが、ベイルだった。
彼もベルと同様に記憶がないと話した。ただ違う点は、生きる目的があった事…。ベイルは、ベルに包み隠さず知っている事を伝えた。ベルが持つ能力の事、墓場の秘密、そしてこの国の王の事。
ベルに拒む理由はなかった。なぜなら協力する事が生きる目的を意味するからである。ベルにとって、ベイルは恋愛対象ではない。共に生きる協力者なのだ。
ベルは理解している。自分たち2人が選んだ生き方は普通じゃないと。だからといって、全く後悔していないわけではなかった。
ベル:『正直に生きるかぁ…。』
感情に浸っていると、勢いよく扉が開いた。
ベイル:『ベル。墓場であの男が怪しい動きをしている。』
ベル:『もう、ベイルちゃんはいつも急に来る。危うく涙を見せる所だったじゃない。』
ベイル:『お前と戯れている暇などない。早くしろ。』
扉の外に出たベルは驚きを隠せなかった。
ベル:『何よあれ、墓場の方が明るいじゃない。グレイスちゃん…。あなたは何をしようとしているの。』
ベイル:『急ぐぞ。』
ベルとベイルは、急いで墓場へと向かった。
墓場に近づくにつれ、空は赤くなり煙臭さを感じさせた。
ベル:『燃やしている…何か燃やしているわ、ベイルちゃん。』
ベイル:『あぁ、俺たちが守り続けてきたものが…今、解かれようとしている。』
2人が守り続けてきた秘密の1つ。それは、土葬された遺体を火葬されない事。他の国では当たり前に行われている埋葬方法だが、王都、ウクハナの人々は何も知らない。なぜなら、記憶を司る神エクリプスによって、記憶が改ざんされているからである。改ざんされている理由は分からないが、もし、火葬が完成してしまうと契約は解除され、人々は記憶を取り戻してしまうのである。
ベル:『ベイルちゃん、このままじゃ…。』
ベイル:『あぁ、王子は死ぬ。』
そして、もう一つの秘密。それは、王の死。正確には、王が突如と消えた後、残された幼き王子が眠ったまま目を覚まさなくなった。そして、エクリプスから突きつけられた王子の覚醒条件…それは、「王子の名前」を知る事。ベイルは王都中の情報を集め、ベルはBAR、Monna Lisaに訪れる客の記憶を共有し、王子の名前を探していた。しかし、誰も知らない。ベルやベイルも王子の名が分からなかった。そんな名もなき王子の身に危険が訪れる事を恐れた2人は、墓場にある納屋に隠し守っていた。
ベイル:『ベル、リザという女の墓は、王子のいる納屋近くだ。まずは、王子を救う。』
ベル:『分かったわ。じゃあ、私はグレイスちゃんを止めるわ。』
ベイル:『いや、ここにいろ。何があったとしても、そこを動くな。』
ベイルはベルをその場に残し、王子の元へ向かった。
ベル:『なによ、かっこつけちゃって。私だって、何かできるわよ。』
ベイルの後ろ姿を見ながら、拗ねていたベルだが、急に吐き気を催すほどの激しい痛みが頭を襲った。
ベル:『うぅ…っ。何、何が起こっているの。』
ル…。王…お願い…。
ベル:『何…。これは私の記憶…。』
この子が国を救う…。
リザの火葬が終わろうとしていた。火葬が終わる事で、全ての民は記憶を取り戻す。それは、ベルも同じだった。
ベル:『ベイル…。私、思い出したわ、王子の名前。』
ベルはベイルの命令を無視し、王子のいる納屋を目指し走り出した。
その頃、ベイルは納屋に到着していた。ドアを開ける瞬間、グレイスの声が耳に入ってきた。
グレイス:『あぁ、愛しのリザ。こんな寂しい所に1人にしてしまってすまなかった。もう大丈夫だよ。今から一緒にこんな腐った世界から消えて、2人で過ごそう。待っててね、すぐに僕も逝くから。』
リザと共に燃え盛るグレイス。
ドアを開け、一度は体を止めたベイルだが、グレイス達を助けようとはしなかった。そして、ゆっくり納屋の中へ進んだ。
ベイル:『あぁ…良かった。王子、ご無事で。』
ベイルが王子の姿を確認し安堵した瞬間、ドォンと外で爆発音がした。すぐさま王子を抱き上げ、納屋から出たベイルだったが、目の前には横たわっているベルの姿があった。必ず死にきれるようにグレイスが爆薬を持っていたのは知っていた。だが、命令をそむいてまでベルがここに来る意味が分からなかった。
ベイル:『ベル…。なぜお前がここにいる。待ってろ、今すぐ止血する。』
爆発で視力を失い、腹部から大量に出血しているベルをベイルは救おうとした。
ベル:『ベイルちゃん…、私ね、思い出したの。笑うかも知れないけど…、実は私は女性で…、王女様で…。』
ベイル:『もういい、話すな。』
ベル:『そしてね…、素敵な人がいつも私を守ってくれていた。そうよね、ベイル王。』
ベイル:『傷口が開く…。それ以上何も言うな。』
ベル:『私はね…、後悔してないの。あなたの子どもを授かり、産んで、死んでしまったとしても…。』
ベイル:『必ず、お前を助ける…。』
ベル:『お願い…、あなたが導いてあげて。きっと、この子が国を救う…。』
そして、ベルは息を引き取った。ベイルはそっとベルの瞼を閉じ、自らも瞼を閉じた。
少しの沈黙ののち、何か答えを導いたかのようにベイルは口火を切った。
ベイル:『そこにいるんだろ、エクリプス。』
エクリプス:『あぁ、いつも俺はお前の側にいるぜ。今回は惜しかったなぁ…。あともうちょっとだったのになぁ…。前は王子を王都の者に殺され、今回は民に王女を殺された。ベイル、お前が守ってきた者にまた大切な者を奪われてしまったなぁ。だが、最高の物語だった。』
燃え盛る炎も消え、墓場も王都も消えた。
そこには舞台を暗転したかのような暗闇が残り、ベイルとエクリプスだけの姿があった。
エクリプス:『この世界はお前の記憶の中だ。俺との契約で、代償を払えば何度でもやり直す事ができる。さぁ、次は何をくれるのだ。そして、どんな物語を見せてくれるんだ。次は上手い事いけばいいなぁ…。そしたら王子も王女も救えて幸せが待っているんだろうなぁ。』
ベイル:『もう、いい…。』
エクリプス:『どうした、もう諦めたのか。王様がミスを犯さなければ、何も失わなかった。国も民も家族も。全部、お前のミスだ。お前は取り戻したいのだろう、だから俺と契約をした。さぁ…、明るい未来を取り戻そうじゃないか。』
ベイルは王都、ウクハナの王であった。他国との戦いが激化する中、ベル王女が王子を出産し、その後、生き絶えた。王女の死を嘆いた王は、生きるきっかけを失い、全てを放棄した。そして、指揮を失った国はやがて滅びた。自らの存在を悔やみ、命を絶とうとした時、悪魔は現れた。そして囁いた。甘い言葉で期待を持たせ…王は迷う事なく契約をした。
それから、何度もやり直しを行った。王女の性別を変え、民の記憶…いくら代償を払っても、王の目的は達成出来ず、王女はいつも同じ言葉をベイルに伝え、息を引き取った。
ベイルは決心した。
ベイル:『初めから…そうするべきだったのだ。』
エクリプス:『さぁ、次は何を代償とするのだ…王よ。』
ベイル:『私の命だ、エクリプス。そして、願う…。この子に死者と話せる力を授ける。』
エクリプス:『お前の願い…、確かに受け取った。』
ベイルがこの世の記憶から消えようとしていた。
ベイル:『私は力なき王であった…。だが、きっとこの国を愛し死んでいった民がお前を導いてくれる…頼んだぞ、クロール…。』
多くの人間は勘違いをしている。
人の「死」は、息絶えた事を意味するのではなく、忘れられた時に完結する。だが、誰も知らない人の死が無駄になる事はない。自己犠牲は、きっと誰かがその失敗を経験値にし、世の中をもっと過ごしやすくするために変化させる。希望を未来に託す生き物、それが人間なのだ…。
死んだ老兵オル:『何だ?納屋で子どもが泣いているぞ。あら、王子じゃないかぁ、こりゃ大変だ。仲間に知らせないと。』
誰もいない墓場で、たった1人…クロールは産声をあげた。そしてここから、国の未来を救う少年の話が始まるのであった。
[第21話]