物語

バケツ

ある時、バケツをかぶる少年がいました

バケツをかぶると不思議と気持ちが消えました。

辛い事、楽しい事、嬉しい事、悲しい事

バケツをかぶると全て忘れる事ができました。

袋やカバンじゃダメなのです。

バケツだからそれができたのです。

忘れたい気持ちがある度に

バケツをかぶりました。

するとだんだん、

バケツの外側に芽が生えてきたのです。

かぶる度にかぶる事で、芽は鼻のように伸び

形を変えていったのです。

バケツの中は、真っ暗でした。

でも、バケツの外は、華やかでした。

邪魔な芽は抜こうと思っても抜けません。

だから抜くのをやめて、

また、バケツをかぶります。

かぶりながら、歩きました。

知っている景色も見えません。

なんてったって、真っ黒です。

バケツをかぶり始めた理由は、

ただ落ち着くから。

それじゃあ、少年はふと思いました。

「何でバケツをかぶっているんだ?」

気持ちだけでなく、思い出も忘れ始めた少年。

バケツがそうさせたのではないのです。

自分で自分を覆いかぶさっているのに

バケツのせいにしていたのです。

誰かがバケツを作らなかったら

かぶる事もできなかったくせに。

「自分の事ばっかりだ…。」

と思った瞬間、鼻の様に伸びた芽がとれました。

少年は、落ちた芽を拾いあげ

バケツに土を入れ育てる事にしました。

水をやり、雑草を抜き、太陽にあてても

何も咲きません。

優しく声をかけても、夜空の風にあてても

何も咲きません。

「寂しいのかな?」と思った少年。

だから、芽の周りに

バケツいっぱいに花を植えました。

「やっぱりみんなといた方が良いよね?」

それでも何も咲きません。

もう、分かってるんじゃない?

そう、分かっているはずだ。

「何を期待していたんだろ?」

ブチッ。

少年は芽をつみ、そして

パクッ。

そう、答えはいつも自分にあった。

その行動が正しかったのかは、分からない。

でも、自分の事ぐらい信じようと

少年は思うのでした。

[第15話]